まとちかサッカー日記 :戻りたい時2006-01-31
2006年1月後半
皆さんこんにちは。1月ももう終わり、「1月は行く、2月は逃げる、3月は去る」と言われるようにあっという間に過ぎそうです。今日はサッカーとは少し離れた話をしたいと思います。
先日年賀状のお年玉抽選を調べながら見返していると、高校時代の先生からの年賀状が3枚ありました。もう高校から10年が経ちますが、この3人の先生には今でも毎年出しています。1人は2,3年生のときの担任の先生、1人はサッカー部の顧問の先生で、サッカー部が朝練をしているときに「横の空いているところで一緒にボールを蹴らしてください」と頼んで、何回かサッカー部の朝練に行って1人でボールを蹴っていると、普段朝練には出てこない先生が出てきて、わたしの相手をしてくれていました。3年生のときに別の高校に転任されましたが、今でも偶然どこかのサッカー会場で会うと声を掛けてくださいます。
もう一人の先生は野球部の顧問の先生でしたが、なんとわたしの父の高校時代の野球部の顧問の先生で、父が今でもお付き合いしている先生がわたしの高校にいたのです。3年間で直接何かを受け持ってもらうということはなかったのですが、「的崎の娘」ということでいつも気にかけてもらっていました。大学受験のときも親身になってくれて、「短大に行きなさい」という父に、わたしは教育学科で4年制大学に行きたいということを先生も一緒に説得してくれました。今でも父娘で気にかけていただいてます。
そして年賀状は出していませんがもう一人、わたしの通っていた高校に父の高校3年生のときの担任の先生が偶然いました。その先生には、2,3年で数学を受け持っていただいていたのですが、数学で受験をするわたしに、朝や昼休みを使って教えてくださいました。この先生方のおかげで、わたしは3年生の受験時にも予備校などに行かずに、FCでサッカーをしたまま大学を決めることができたので、この父の先生に出会えたことは今でも大きな偶然でした。
こう考えると、わたしの今まで生きてきた中で大きな分かれ道が2つありました。1つ目は、中学受験に失敗したことです。母が中学から私立の松蔭中学、高校に通っていたのでどうしても娘のわたしにも同じところに行ってほしかったらしく、受験することになりました。ただ小学校の時のわたしは、勉強机に座ることがほとんど無いぐらい勉強嫌いで、成績も今見ると笑えるぐらい悪かったので、もちろん落ちてしまいました。でももしあの時がんばって勉強して、受かっていて女子校に通っていれば、もちろん今のわたしはないし、サッカーもしてなく、性格も多少変わっていたかもしれません。
2つ目は高校に入ったときでした。中学のときは、親に神戸FCに入ることを反対され、陸上部に入っていたのですが、高校からまた「入りたい」というと、やっぱり小学校のときよくサボっていたので、「続かない」を理由に反対されました。それでもサッカーに関わっていたかったので、サッカー部のマネージャーになろうと思いました。各学年2人づつマネージャーがいて、わたしは希望を出して1ヶ月間仮入部したのですが、希望者10人で選ばれるのは2人で、部員さんの中に小学校のとき同じところでサッカーをしていた先輩や、友達のお兄さんがいて「絶対入れてあげるから」と言われたのですが、結局最後に決めるのはマネージャーの先輩で、落とされてしまい、マネージャーもできなくなってしまいました。
どうしようか悩んだ末、自分でバイトをして(禁止でしたが・・)自分のお金でFCに入ることにしました。でももしあの時マネージャーになっていたら、もう自分でプレーをすることもなく、指導者や審判にもなっていなかったと思います。もし親がお金を出してくれてFCに入っていても、きっときつい練習を投げ出し、ここまでサッカーを続けていなかったと思います。FCに入った当初、1人だけ学校のジャージでスパイクも買えず、運動靴でがんばってきた頃があったからこそ今もサッカーが好きでいろんなことで続けられているのだと思います。
だから今まで、あの時のあのことで今の自分ができたという出来事はたくさんありますが、特に大きかった分かれ道がこの2つだと思います。
よく「戻れるならいつの頃に戻りたい?」と聞かれたりしますが、いつ聞かれてもわたしは戻りたい時はありませんでした。それはその時の今の自分が幸せだと思っている証拠。どんなときでも小さな失敗や後悔もあり、どのときも楽しく幸せに送ってきて、また今の自分がいるのです。
最初にお話した先生方との出会いもそうですが、その他にも、サッカーをしていたことから今の仕事の(お店の)マスターにもお世話になって、ヴィッセルでも仕事ができるようになりました。ヴィッセルガールをはじめた頃はイベントやホームゲームのときの受付の手伝いぐらいしかしていなかったのですが、そのときいたヴィッセルのスタッフの方の中に、わたしがタレントなどの仕事も目指していることを知ってる方がいて、「スタンドでモーヴィーと一緒に観客のみんなをもっとひきよせて」といってくださり、わたしもスタンドに出て、たくさんのサポーターの方や、選手を近くに感じ応援することの魅力を覚えたこともありました。
このように本当に数えきれないぐらいの人たちに出会い、今の自分を導いてもらってきたなと実感したひとときで、思わず自分のこの日記も読み返しました。
この先も戻りたいときがないぐらい今の自分が幸せなんだと言えたらいいなと思いました。
P.S
あっ1つだけ唯一戻りたい…までは思いませんが、やり直したいと思うことは、小学校のとき、もう少しまじめにサッカーの練習に取り組んでいたら、もっといいプレーヤーになれたかな・・(笑)