サッカーとハート :印鑑〜知恵と工夫2014-05-27

2014年4月・・・この4月に教授に昇進した。

大した事はしていないのだが何故か教授に。(笑)年齢がそうさせたのか・・・。

教授になるには准教授期間における学内および学外での業績(講演・講義や社会活動など)査定や論文や著書の査読(審査員となる教授陣が内容をチェックすること)が行われる。その後、教授会にてその内容・評価値が報告され、教授会の全会一致にて昇進が決定されると言う仕組みである。

そのため昨年末から3月まではその準備と書き物で結構大変だった。終わってみればなんてことは無いのだが・・・。

早替わり

昇進はよしとしてこうやって何かしら自分の周辺に変化が起こると、連鎖して他にも変化が起こるものである。教授になったからでもないのだろうが職場において幾つか役職に就く様に依頼が来た。まぁ ありがたいことである、実際には。何も要求されず…何も期待されず…日々ボーッと過ごすよりは生き甲斐があり元気になれる。御礼を言わなければいけない、学校に。

こうやって役職が増えると各種の書類に印鑑を押す機会が増えた。
学内のいくつもある様々な書類の中に、ご丁寧に私が押すべき印鑑の欄が空いおり私を探してやってくる書類がある。スポーツ特別選抜運営支援室室長印という欄。私は授業の合間に室長に早変わりして書類に目を通し印鑑を押す。

なぜ丸い?

ところで皆さんは何故印鑑が丸いのか理由をご存知だろうか?社印や各印と言われる四角い印鑑も存在するので全てが丸いとは言わないが多くは丸く円柱形で出来ている。

それには以下の理由があるという。

先ずは

  1. 持ちやすくするため
    これは理由としても大きな物では無い様だが・・・。
  2. 印の方向を確認させるため
    指が掛かるところ辺りに凹みがあるので陰影の上下を間違えることは少ないだろうがそれでも確認してしまう、(丸いため)どちらが上か解りにくいから。
  3. 丸いため握りが不安定なだけに必然的に慎重に押す様にするため
    ミスをしてはいけないと思いの二重措置の様に。
  4. 丸いと転がって何処かへ無くしてしまうので
    すぐに入れ物などにしまう様にさせるため。無くしたら大変である。

「無くさない様にね!」と言葉で言ったとしても・・・いくら自分で注意していたつもりでも・・・書類に気を取られて思わず落としてしまった・・・という経験は皆あるのではないだろうか?

機転が回らない

何事においても言葉で言うのも大切だが必然的にそう言う状況に持って行けたとしたら・・・人間とは注意深くにもなり気にもし出すだろうしあれこれ考える様になる。

そういう発想がちょっとした印鑑の工夫の中に見える。これは本来ならもう特許ものだ!

子供のスポーツ指導にも見られる…子供だけではなく大学生も新入社員も皆同じかもしれない。手とり足とり丁寧に指導することも大切だが、ある時には気付きが自然に出て来る様な”仕掛け”が指導者には問われるのではないだろうか。…先に答えを言ってしまってはいないだろうか?

最近の子供たちは「無気力無関心」などといわれている様だが私はそう思うことは少ない。そうではなく言ったことしかしない、言ったことしかしようとしない、工夫をしない、ついでに○○もしておこう・・・と機転が回らない…とよく感じる。
シュートが外れゴール裏にボールを拾いに行った時、ついでに5m横にある他のボールも拾ってくればいいのに自分が蹴ったボールではないので拾わない。フィールドで練習中、ボールを集めて置いている場所に仲間がボールを蹴ってきたとき寄せて集めようとしない。次の順番が自分だからと言っても、ちょっとスタートを遅らせ来たボールを止めて寄せておけばいいのに無視。よってボールは行き過ぎてまた誰かが拾い集める羽目になる。困ったものである。

考え工夫し皆のために労を惜しまず動く・・・昔の良き日本人文化を忘れかけている。

“おもてなし”・・・ではないが日本人の精神を忘れてはなるまい。大人が何かしら“仕掛け”を作らなければ子供たちはいつまでも変わらない。“仕掛け”とは実は昔からあるちょっとした工夫や知恵の中にあるのではないだろうか・・・印鑑のように。

まとちかサッカー日記 :縹賞受賞2013-05-10

皆さん、こんにちは。
随分お久しぶりで、この日記の存在も忘れかけられていると思います・・・(汗)
言い訳がましく、今回日記を上げるまでに何回か自分の「まとちか日記ノート」には、書いていたのですがその後の作業をなかなかできず話題が随分ずれてしまって消えていったネタもありました。

今回も実は昨年(2012年)の12月に書いていたものなのですが、どうしてもお伝えしたい気持ちもありましたので、半年後になってしまいましたがお話しさせていただきます。

2012年12月の新聞をご覧になった方からたくさんのお祝いメールやメッセージをいただきましたが、12月8日に毎年兵庫県で分野を問わず活躍する若手女性が3名表彰される「縹賞」というものがあるのですが、今回私がその賞をいただけることができました。

35歳にもなって若手女性と発表されるのも恥ずかしいところですが、私の結婚や子供を望んでいる両親に少しでも親孝行できたのでは・・・と思っております。笑

長年指導者や審判をやってきて、試合で一緒に喜びを分かち合う機会というのはたくさんありましたが、サッカーでは選手が主役で合って私がやっていることは「縁の下の力持ち」といったところでしょうか・・・
もちろん指導者にも「監督賞」や審判にも「優秀審判賞」などの表彰もありますが受賞することなどできず、なかなか私一個人(サッカー・仕事も含めて)がやってきたことに対して大きく評価されることはなかったので、とてもうれしかったです。
たしかに今まで「がんばってきた」ということはありますが、私が頑張ってこれたのは、恵まれた環境だったからではないかと思います。

指導者では、サッカースクールで他のコーチにも支えられ続けられている。特にこの数年は審判の方が忙しくなり、なかなか練習や試合に行けない時期もある中いつも「頑張っておいで」と送り出してくれる同じ担当のコーチには本当に助けてもらっています。また毎年担当する子供たちとのいい出会いがあるからこそ続けることができています。

審判では3級になった時期が、たまたまのじぎく国体(兵庫国体)があったから更に上を目指すきっかけになった。そしてたくさんの人にサポートされたからこそ、2級・女子1級にあがってがんばれているのです。

だから今回は、「縹賞受賞」に対してたくさんの人が「自分のことのようにうれしい」と喜んでくれましたが、まさしくそんな方たちも一緒に受賞した賞だと思いました。
次の課題は女子審判員の育成です。

私自身のレフェリングもまだまだ未熟なところもあり、「なでしこの主審担当」という目標もありますが、これまでのたくさんの経験を伝え、いい見本になって一人でも多く女子審判員がすてきなサッカー経験をできるよう頑張っています。

2015年には兵庫県で男女ともにインターハイが開催されることが決まっています。
私が兵庫国体で大きな舞台を経験できたように今頑張ってインターハイという大きな舞台に一人でも多く立てる女子審判員が誕生すればいいなと思います。

サッカーとハート :指導者に大事な心構え2012-06-14

過日、『サカイク』という少年サッカー指導者や保護者向けの情報ホームページにインタビューコラムを掲載して頂いた。

前号(2012-5-30up)の続きでインタビュー記事第2弾。

*インタビュー記事から読み返して言葉足らずは補足・修正しています。
前回は“視野を広げるためにキックを鍛える”というテーマで姫路獨協大学の昌子力監督にお話をお聞きました。今回は兵庫県サッカー協会の技術委員会委員長を始め、コーチ養成講習会インストラクターなど“指導者の指導者”を務める昌子さんだから気づく“指導者に大事な心構え”についてです。

ジュニア年代で指導に必要な部分とは

「僕がジュニア年代を見ていたのは指導者としてスタートを切ってすぐ、大学を出てすぐの頃です。

手探りで指導をしている中で感じていたことは、子供たちがサッカーマンとしてアスリートとして、もしくは一人の子供として根幹をなすもの(運動能力とか状況に適応する順能力とか即興力など)はなかなか言葉で言っても分からないことが多かったと言うことでした。ですから理屈でなく身体で覚えるということが大事だと感じました。それはひいては(サッカーの)技術面でもそうですし、しつけを含め全ての面で。そしてそれらは習慣化して条件反射的に行動に出ないと本物ではないし、そうなっていくには常日頃の学習が大切であるということです」

学習とはどういったものですか

「良く言われる、“しつけ”には二つの物があります。ひとつは生まれてから教える“自立の躾”です。いわゆる生きていくために自立することを教えるのです。例えば排泄のしつけや食事のしつけ、そして寝間を片付けるとか自分で身支度をするとか挨拶をするなどの基本的生活習慣の基礎となるものです。

そしてもう一つがその年代以降、5・6歳もしくは小学校に入るくらいから教えていく “共生のしつけ”があります。人間社会の中で共存共栄をうまく成り立たせる方法などを教えるのです。簡単にいえば人の気分を害することをしないとか、人の迷惑になることをしないとかですね。

そういうことを学ぶには他人が必要なのです。一人では学べません。つまり集団がないと学べないのです。それを学ぶ場がサッカー少年においてはサッカーという集団(チーム)なのです」

しつけのために指導者がすべきこととは

「これは人間の基礎のしつけという意味では、とても重要なもので、こういうことをすれば人に不快感を与えるとか言葉で言っても中々、分からないですよね?子ども同士が悪気なく発した言葉が案外人を傷つけてしまったり・・・よくある話です。実は子ども達は“その時”には分からないけど繰り返すことで、『人を傷つけたんだな』『良くないことなんだ』ということを学ぶのです。この“時間”が本当は一番大切なプロセスなのです。答えを与えられただけでは本当の理解にはならないのです。

しかし繰り返しの経験をしてからでは遅い・・・言葉で傷つく程度ならまだしも怪我でもさせたりしたら一大事・・・と大人が介入してしまうのです。最近は子供たち自身で学ばないといけない段階・経験・しておかないといけないことを学ぶ前に親が介入するということが物凄く多いですね。まず、子どもたちが思ったこと(考えたことや行動)をとりあえずさせないといけません。いわゆる実地訓練ですね。

それをどう方向づけするか、肉付けしたり、時には削いだり・・・それらは本来“親”がするべき家庭での責任(しつけ)なのです。しかし親が責任もって出来ない・・・というか親はしつけているつもりでもそれがチンプンカンプンだったり世間一般の常識とは懸け離れていたりするのです、なぜなら親は我が子を冷静に見ることが出来なくなる場合が多いですから。そうなると尚一層スポーツ指導者に求められるものは大きくなっていくのです。ですからそれらも指導者の仕事なんじゃないかな?と思います。つまり指導者は一般常識をきちんと身に付けていなければならず、教育者でなければなりません」

監督が行ってきたアプローチとは

「例えば練習場に着いた時に雨が少し降っているとしたら自分の荷物を雨のかからないところへ置くでしょ?でも晴れていたら荷物は何となくみんなが荷物を置いていそうな“その辺”にポンと置いてしまうんですよ。しかし練習中に雨が降ることもありますよね?そしたら、子どもたちは「コーチ、荷物を雨に濡れない所に置いていい?」って聞いてくるんです。それに対して、僕は最初「ダメ!」と言ったんです。荷物が濡れたらいいんです。子どもたちは予定通り練習終了後“カバンが濡れて帰りの着替えが濡れました”とか言ってくるんですけど、「君達が判断を誤ったんちがう?天候を予測して次の行動を考えないからや。もっと注意深く考えなとアカン」と。

しかし最初から子どもに「天気の怪しい時には雨が降っても困らないように荷物は雨のかからないところへ置きましょう・・・」と説明したところでおそらく次の日もその次の日も何気なくその辺に荷物はポンっと置いているでしょう。“今日の天気どうやろ?”とは思わないですよ。実際そうでしたから。しかし一回痛い目に遭うと物凄く経験値として残りますね。危険を犯すような体験・経験知ならともかく、服が濡れるくらいどうってことないやろうと思ってやったんですがね・・・案の定、親御さんからクレームが来ました(笑)。まあそれに対して僕はきちんと意図を説明し言い返しましたけどね。ちゃんとした意図があれば、親御さんも理解してくれます」

子どもたちを楽しませながら伸ばす“ギリギリの経験”

監督のアプローチは教えすぎと言われる日本の指導者とは逆ですね

「答えを先に言わず、ちょっと目の前のヒントを小出しで与えて考えさせる。きっと、ジュニア年代を指導されているコーチたちは皆、ご存知だと思いますよ、そんな方法は。講習会でもそういうことは教わっているし、僕がいろんなコーチに聞いても、皆さんそう答えます。しかし実際は出来てないですね」

それは試合中のコーチングも含めてでしょうか

「試合中は監督が流れを止めてピッチに入れないので、“今!”っていう場面に“教えたい” “言いたい”こともあると思うので外からのコーチングが全く駄目とは思いません。でも、練習中は常に選手の側にいる(危ない時にはサポートに入れる)訳ですから本当に選手に言葉だけでなく経験学習をさせなければなりません。そして指導者だけじゃなくお父さん(保護者)にもあるんですが、例えばミニゲームや1対1を子供たちとやるでしょ?お父さんは必死になってプレーし。間違いなく子どもに勝ちます。“どうだ。悔しいだろ?悔しいなら、もっと練習して父さんに勝ってみろ!”という理論なんです。でも、それは子どもには向かないんです。いきなり高い壁を与えてはダメ。“よし、やってやろう”というくらいの乗り越えられる壁にしないと」

確かに、練習で意地になる大人を良く見かけます

「僕はずっとずっとそれではダメだと思っていたから、息子(鹿島アントラーズのDF昌子源選手)が小さい頃に1対1で遊ぶ時は、息子の足が届きそうな所にボールをピョンピョンって晒しておいて、子どもがパンと足出しそうな瞬間に私の方が先にボールを触って源をいなしたり、時には源にボールを-獲られたりしていたんです。“こうすれば獲れる、勝てる”というギリギリの経験を知ってもらいたかった。何を知ってほしいと思ったかと言うと “こうすれば上手くなる”ということではなく、相手をかわしたり抜いてシュートすることが楽しいということを。もし、子どもがドリブルで向かってきた場合も無理に追いかけずに抜かれてやったり時には奪ったり・・・それでいいと思うんですよ。“おぉ、良くやったな。うまいな”って誉めたら、子どもがニコって笑っていたのを良く覚えていますね。僕が息子に何かしたっていうのがあるなら、それだけですね。僕は自身が小学校4年生の時に近くの武道館で柔道を習っていたんですけど、大男の師範をいとも簡単に投げたことがあります。おそらく技をかけた時にきちんと腕や腰や足が良いフォームになっていた時に先生は投げられてやってたんだと思います。今でも覚えていますよ、あの感触」


取材の中で昌子さんは「監督というのはアクターなんです」と話しておられました。「普段は子どもたちに思うようにさせて、ここっていうポイントだけ怒った“フリ”をするんです」と。豊富な指導経験を持つ昌子さんならではの“指導者の心構え”を皆さんも参考にしてはいかがでしょうか?


・・・自分でコラムに掲載しておきながら締めの言葉が

“皆さんも参考にしてはいかがでしょうか?”

では少々無礼なものだ。
最後の言葉は私が書いたところではないので・・・許

サッカーとハート :ジュニア年代で身につけなければならない技術2012-05-30

過日、『サカイク』という少年サッカー指導者や保護者向けの情報ホームページにインタビューコラムを掲載して頂いた。

ことの始まりはそのホームページを企画運営・制作している方が私の立場(状況)に興味をもたれてのことだったようだ。それは3つの“顔”を持っていることだそうだ。ひとつは実際に現場で指導を行っていること。もう一つは指導者講習会のインストラクター(指導者の指導をする仕事)をしていること。そして最後は現役Jリーガーの親でもあると言うところ。

なかなかそういう状況下の人は少ないようで興味があるらしい。たまたま子供がJリーガーになったとはいえ私が何か特別な事をした訳ではないのだがそこのところが気になっているとのことだった。まあ、私でよければ事実をお話ししますと言うことでインタビューは始まった。

*ちなみに私が書いたわけではないので少々私のことを持ち上げてくれている文面があるので気に食わないところがあってもそこのところは各自カットして次へ・・・。

1999年にはヴィッセル神戸ユースの監督として、Jユースカップで優勝。現在は姫路獨協大学でサッカー部の監督を務める昌子力さん。お子さんの源選手は去年、鹿島アントラーズに入団したCBでもあります。各年代での指導を行ってきた“コーチ”としてだけでなく、“プロ選手の親”としての顔も持つ、日本有数の“育成年代のスペシャリスト”ともいえる昌子さんにジュニア年代で身につけなければいけない技術をお聞きしました。

これまでの指導の中で、ジュニア年代で必要と感じる技術は

「大学でジュニア年代向けのスクールを指導していて思うのはボールが蹴れない選手(子供)が多いですね。ちゃんと思っている所に蹴れないということはつまりパスをミスしているということです。パスをミスするのはキック練習が足らないから起こるわけです。だからという訳ではないけれど自分の得意技としてドリブルを仕掛けるのですが、実際には何人も抜けるわけじゃありません。意図したところへボールを運ぶと言う点ではパスもドリブルも掛かる時間の差はあれ、どちらも大切な技術ですから、どちらも十分な反復練習が大切だと思います。

サッカーの試合で起こりうる様々な場面を思い起こすと、ドリブルにも負けないくらいキックの場面は出てきます。むしろドリブルの場面は“相手選手をかわす”とか“いなす”と言った場面に見られる“数回のボールタッチプレー”であることが多く、ドリブルとまでいかない短い時間の(一瞬の)プレーであることが多い訳です。ドリブル練習にかなり時間をかけて行ってもミスが起こるのに、キック練習をしていなかったらもっとミスは起こるわけです。実際、キック練習が不足しているためか、お互いのミスの応酬という試合の様子がかなり多いですよね。

同時にパスをしっかり通すためにはキック技術を発揮する事前に視野を確保する必要があります。そのためにそれぞれの練習中に “顔を上げろ”とか“周りを見ろ”となるのですが、上の年代に進むにつれ、よりプレスがきつくなり、密集度が高まるので、奪ってからでは顔をあげる余裕がないし、遅くなるんですよ」

しっかり周りを観るためには

「プレーを分解分析してみると選手がボールを奪いに行く際に忘れてはいけないことがると思うんです。つまりボールを奪いながら“ボールを奪ったら何をするか”というイメージを持っておくことです。 “ボールを奪ったらパスを出す”というプレーがちゃんとできる選手はボールを奪った後にパスの出し所を見つけるのではなく、プレッシャーをかけに行く前(ボールを奪いに行く前)に周りをみていて、奪ってすぐに“あぁなんかこの辺に味方いたな”とか、“遠いサイドにもう一人味方がいたな”というイメージを持っているんです。ボールを奪ったらその情報を頼りにもう一度パッと顔をあげて、パーンと蹴れる、はたける力が必要になると思います」

どうすれば視野が広がるのでしょうか

「必要なのはキック力ですね。キック力と視野の広さは比例すると思います。キック力がないと、“あぁ、あそこに味方がおったなぁ。でも、あそこには俺のキックは届かないわ”となって、遠くの味方へのパス(場所)は選択肢から消えるんですよ。そしたら、近いとこしか蹴らなくなる。それを繰り返していったら観ようとする範囲・視野が狭くなる訳です。逆にボールが良く蹴れる選手は自分が蹴れる(パスが届く)範囲まで目が届くようになるんです。つまり顔を上げようとするようになるのか顔を上げなくなってしまうかを左右するのがジュニア年代のキック技術という訳です。最初はただ遠くへ蹴る練習でも良いと思うので、蹴る力を疎かにしないことが必要です」

キックで身についた視野の広さはパス以外でも生きる

“蹴る”を身につけるために必要なものとは

「ジュニア年代では11人制から8人制サッカーに変わり一人ひとりのボールタッチ数が増えると同時に、その分フィールドにスペースが出来ました。そのスペースへ意図を持ったドリブルやフリーランをさせるのが8人制サッカーの狙いの一つですが、そのスペースを使うために昔のように意図されないロングボール(キック&ラッシュ戦法)が再び増える可能性もある訳です。ここは指導者が間違えてはいけない重要な指導ポイントです。“遠くへ蹴る”ということを繰り返し訓練させてキック技術を身につけるだけでなく、“なぜ、ロングボールを蹴るのか”という意図というものを理解させる必要があります。サッカーは相反するものの組み合わせのスポーツです。縦と横、前と後、右と左、緩と急、狭いと広い、ドリブルとパス・・・。そのためにも、実戦の中でキックを必要とするシチュエーションをある程度作ってあげて、チャレンジさせて覚えさせることも重要なのです。日頃の練習で指導者がしっかり教えなければ、いくら試合で学ぶといっても、効率が悪いでしょうし、間違った覚え方もする可能性もあります。練習と試合という2つのシチュエーションで“蹴る”を学ぶことが大事です」

最近はボールを蹴る技術が見落とされている気もします

「うちのスクールでも若いコーチはドリブルの練習ばかりさせることが多く、“しっかり蹴る練習も必要だぞ”と説明します。昔からロングボールを蹴ると、“蹴るな!もっと大事にして繋げ!”ってジュニア年代で教えたりするでしょ?もちろん、その方がいいと思うんですけど、ロングボールを完全に否定してしまったら、そういう視野の広がらない子に育っていく、もしくは視野が広がる年代が遅れていくんです。僕が今、見ている大学年代でも蹴れない選手はもう癖がついてしまって苦労しています。だから、そういう訓練がジュニア年代や中学校の低学年で必要じゃないかなと。視野が広がれば周囲を見られるようになるので、ドリブルにも生きてくると思います」

視野が広がるメリットは攻撃の選手だけなんでしょうか?

「(息子の)源は小学校の頃からロングキックとかビシッと蹴れていたんです。あいつを唯一、誉めるとしたら、そういうキックの面。高校2年生からDFになったんですが、それからもサイドチェンジのロングキックであったり、ライナー性のFKを決めたりしていたんです。そういう面は守備でも生きてきます。奪う前にいろいろな部分を広く観ることが出来ているので、ボールを奪ってからでも落ち着いてて慌てないんです。もちろんバックパスを受けた時も。源が“ボールを持った時にパニックにならない”と評されるのは“キック力”から来る部分があるんじゃないかと思いますね。ただ、我が子の話しを親がしているわけですから何を言っても親バカにしか聞こえないでしょ?説得力ないですよね。(笑)」


【昌子力】

大阪体育大学卒業後の1986年に神戸FCのスクールコーチに就任。
育成年代の各カテゴリーで指導を行う。
1995年にヴィッセル神戸に移籍、1999年にヴィッセル神戸ユースの監督に就任すると、その年のJユースカップでいきなり優勝を果たしチームの礎を築いた。
現在は姫路獨協大学のサッカー部監督としてだけでなく、准教授としても教壇に立つ他、日本サッカー協会ナショナルトレセンコーチを歴任した後、兵庫県サッカー協会の技術委員会委員長を始め、指導者養成講習会インストラクターなど“指導者の指導者”を務める。

まとちかサッカー日記 :女子W杯優勝おめでとうございます!!2011-07-10

皆さん、こんにちは。暑い日が続きますね。今年は節電対策も大切ですが、くれぐれも体調を崩されませんようお気をつけください。

さて、こんな暑さを吹っ飛ばしてくれたのが、女子W杯優勝の快挙!!
あの決勝戦を見ていなかった人の方が少ないかもしれません。
男女合わせて、サッカーで世界No1になる日が来るとは、サッカー人としてこんなにうれしいことはありません。

特に女子はここ最近、なでしこやその下のチャレンジリーグなどでスポンサーにつく企業も不景気で、経済的にも厳しく、注目もされにくくなっていたので、これでまた女子サッカーが盛り上がりを見せ、選手たちにとって少しでも環境が良くなればいいなと思います。たくさんの女の子たちに夢や希望も与えてくれました。そして何よりサッカーに関心がある人だけでなく、暗いニュースの続いていた日本に光や勇気を与えてくれたのではないでしょうか。

3月に東北に大きな震災があり、神戸で15年前に震災を経験した私は本当に大きなショックを受けましいた。ニュース等からでもあの阪神大震災より大きな被害があったのは、一目でわかります。私たちでさえとても苦しい思いをしたのに、それ以上って考えられますか!?

そして私は、ここ何年か大会派遣や、研修会など何度も福島のJヴィレッジに行っていただけに、よく知っている駅や町が全く違った姿になっていたり、試合で一緒になった東北の審判員の方の安否がとても心配でした。5月にようやく福島にいる女子1級の方に会う機会があったのですが、話を聞くだけでも胸が絞めつけられる思いでした。

まだまだ復興には時間がかかり、被災者の方々も大変な毎日だと思いますが、今回のW杯のニュースはそんな方々に少しでも勇気や元気を与えたことでしょう。特に東電でプレーをしていた鮫島選手は人1倍東北に方に…という思いが大きかったと思います。そんな彼女の全試合出場、そして多くの活躍、優勝は東北の方に大きな力を与えたことでしょう。

W杯の決勝戦は見た方は多かったと思いますが、それ以外の試合はご覧になられましたか?準決勝も民放で放送されたので見られた方は多かったと思いますが、それまではBSでしか放送がなく、私同様見たくても見ることができなかった人もいたのではないでしょうか。

「なんでBSつけてなかったんだろう」と後悔しつつW杯が始まりました。しかしタイミングがよかったので、7月に行われる1級審判の研修会で日本戦の1試合目の審判を見るという課題があり、DVDが送られてきたので1試合目は見ることができました。予選リーグのあとの2試合は、残念ながらニュースでハイライトなどしか見ることができなかったのですが、決勝トーナメントの1試合目のドイツ戦はちょうどその研修中でホテルのテレビがBSを見ることができたのでとてもラッキーでした。

まずは優勝候補のドイツに勝てるなんて本当に夢のようでした。実力ではドイツの方が上だったかもしれません。厳しい時間が多い中、あきらめない・負けない精神を見せてもらった試合でした。

続くスウェーデン戦は家で見ることができたため、ゆっくり見ていました。強豪ドイツに勝ったあとの試合なので、個人的に気の緩みなどが出ないか気になっていましたが、全くそんなことはなく、今回の大会で見せる強いなでしこらしい試合でした。

そして興奮の決勝戦、FIFAランキングNO1のアメリカに前半0-0、ドイツ戦同様に厳しい時間が続く中、強い気持ちで戦っているのがよくわかりました。 後半に先制(失点)をされたときは、「ここまでか・・・」と見ている方が思ってしまうような試合展開でしたが、彼女たちはこれっぽっちもあきらめることなく、そして同点に追いついたのです。あんなタフな試合を90分でも十分疲れきっているはずなのに、延長戦に入っても力強いサッカーを見せてくれました。しかし延長の前半、しかも終了ぎりぎりで失点した時は、本当に「もう駄目か・・・」と思いましたが、後半残り3分ほどでの同点ゴール。

あのCKが注目されましたが、その前の近賀選手が一人でペナルティエリアに切れ込んでのシュートから生まれたコーナーキックでした。私は家で一人で見ていましたが、近所迷惑も考えず大はしゃぎしました。(愛犬も私につられて興奮して大変でした・・笑)

そして忘れてはいけないのが、延長戦のロスタイム。最後の最後まで続くアメリカの攻撃の中、岩清水選手のレッドカードのシーン。ニュースなどではほとんど出てこなかったシーンなので、忘れている方も多いかもしれませんが、私には大きなシーンでした。

私自身、審判をしている立場から正直レッドカードに値するプレーを取り上げていいものかと思いますが、彼女の渾身のスライディングのプレーがなければ日本は負けていたかもしれません。その少し前もペナルティーエリア内でアメリカのキープレーヤーのワンバック選手に入った絶妙なパスを阻止したのは岩清水選手でした。そのときはボールにいってファウルはなかったのですが、今回は出遅れただけにボールと一緒に相手も倒してしまいファウルになってしまいました。

「なぜあの程度のファウルでレッドカード?」と思った人も多くいたと思います。中継でも「あのタックルでレッドはきびしい」というようなことを言っていましたが、さっきも話したように、あのプレーがなければ得点されていた可能性が高い(個人的にはほぼやられていたと思う)ことを考えると、「決定的得点の阻止」でのレッドカード(退場)に値する反則になってしまうのです。だからあのプレーをほめていいわけではないかもしれませんが、あそこで自分が犠牲になってでも止めに入る懸命な姿に私は大きく気持ちを動かされました。

一緒に戦っていたなでしこの選手はもっとそれを感じ、残りの時間をねばりきったことでしょう。そして最後にPK戦では海堀選手の見事なセービング、1本目が止められたとき私は日本の勝利を確信しました。

今回のW杯で「優勝」だけではこれほど多くの人の気持ちは動かなかったと思います。選手1人1人のあきらめない戦い、やられても追いつくという強い気持ちが何より日本の、みんなの、いえ世界の人たちの気持ちを動かしたのだと思います。

これからのなでしこリーグそして夏から始まる来年のオリンピックの予選でもまたこのような強い気持ちのプレーが見ることができたらいいなと思います。日本代表の皆さん、本当にありがとう。お疲れさまでした。

追伸:
職業病ではありませんが、今回のW杯で私自身もう一つ気になったのが審判でした。 大会の中では(日本の試合ではありませんが)問題の判定もあったようですが、日本戦に当たっていた審判団、特に決勝のドイツの審判の方は本当に上手かったです。 世界の道はまだまだ遠いなと感じましたが、あこがれの思いも強くなりました。今回の大会に日本からも主審の方1人と、副審の方1人が選出され活躍されました。まずはそんな先輩方に少しでも近づけるよう、また頑張っていきたいです。

まとちかサッカー日記 :チームなのです。2011-01-10

皆様、遅くなりましたが新年明けましておめでとうございます。
といってもすでに今日は1月10日成人の日です。
町で晴れ着姿の方をお見かけして、私はもう10年以上前の話だと思うと少し哀しくなりました・・・笑

年末から寒い日が続いておりますが、今日も雪がちらほら降っています。
神戸でもクリスマスと成人式の日によく雪が降る印象があるのは私だけでしょうか・・・?

今日はつくづく珍しくサッカーもなく1日オフで良かったなと…。相も変わらず寒がりな私は、もうすぐ始まる高校選手権の滝川第二の初優勝がかかった決勝戦を楽しみにしながら日記を書いています。
昨年のJリーグ、ヴィッセル神戸の残留争いでの最終戦では、勝つだけでなくFC東京がサンガに負けなければならないという状況の中でレッズに勝ち、しかもFC東京が負けて残留が決まった時は優勝したかのような喜びが込み上げたのと同時に、私がヴィッセルガールをしていた最後の年の最終戦での感動を思い出しました。

話は変わって、私事ですが、昨年の5月ごろ何気に立ち寄ったペットショップで出会ってしまったワンコを連れて帰ってしまい(ようするに買ってしまったのですが・・)、今は2人!?で暮らしています。兄をはじめたくさんに人に「独身の1人暮らしの女性がペットを飼ったということは結婚をあきらめたのか」と罵られ、「家族が増えました」とワンコの写真を入れた年賀状を送ると、「人間の家族を作りなさい」と予想通りの返事が来る始末です。ただ寒さが大の苦手な私は、冬にトレーニングをさぼりがちになってしまうところがあったのですが、朝から夜まで仕事に行っている間1人(1匹)さみしくお留守番をしてくれるわが子(ワンコ)にせめて朝、晩の2回は思いっきり外で遊ばせてあげようとどんなに寒くても長い散歩に連れていくようになり、そこで一緒に走ったり、広場で遊ばせている間にストレッチをしたりする毎日になって、いつもより健康的な冬が過ごせているのかもしれません・・・笑。

と、私の近況報告はこれぐらいにしておいて本題に入りますが、私が審判で女子1級になってもうすぐ3年が経とうとしています。
1年目は貧血がひどくなり、半年を無駄にしてしまい、その後少しづつ頑張ってきましたが、今年の「なでしこリーグ」のカテゴリーに入れず、まだ自分の中でクリアーしなければならない課題がたくさんあると感じています。

自分が上の級になるにつれ、審判に対する考えも少しづつ変わってきました。もちろん私が審判をする目的は、自分が担当した試合の選手が自分たちの持っているプレーを出し切れる試合を一緒に作っていくことで、選手はもちろんチームの方々そして応援している人たちにいい試合だと感じていただき、サッカーをもっと好きになれるような力になれたらと思ってやっています。

ただ審判個人に対して以前は、主審は主審、副審は副審のそれぞれ与えられた任務を行うことだと思っていました。もちろんそれが大前提でではありますが、今はそれだけではなく、審判団というチーム(第4の審判員も含めて)で試合に臨むことの大切さを感じています。あんなに大きなサッカーのコートを主審1人で全てを見ることなど到底無理なことで、副審の存在の大きさは言うまでもありません。

第4の審判員というとあまりご存じない方には、ただ「交代の合図をする人」など補助的に思われますが、交代1つにしてもタイミングであったり、交代の手続きをスムーズに行うことや、けが人が出たときに主審の合図を感じてすぐに担架等の対応ができるか、ロスタイムの合図をスムーズに受け取れるかなど、こういったちょっとしたことがスムーズにできるかどうかでコートの中で走っている主審が集中できるかどうか大きく変わってきます。

何より第4の審判員が大変なのは「ベンチコントロール」と言われる任務で、ベンチにいるチームの監督、コーチ、交代選手がベンチでのルールを守っているか、また選手への指示以外のことを発言しているとき(判定に対しての不満など)いかに落ち着かせることができるかといった大きな役割があります。いつまでもベンチから大きな声を出されると主審自身で対処に行かなくてはいけなくなることもありますし、プレーヤーのモチベーションやメンタル面にも大きく影響します。そういう中で第4の審判員が行うベンチに対してのコントロールの重大さは言うまでもありません。

だから私も主審をしているときにいい協力がし合えて、いいチームで試合を終えれた時の充実感もあれば、時には上手くかみ合うことができず反省を感じる時もあります。また自分が副審のときは、自分が主審の時にどんなことを見てもらえると助かるかを考えサポートできるように心がけています。

ただ審判団は毎回同じチームメイトではありません。というより一緒のチームになる方が少ないです。時には地方に行き、全く初対面の方と組むこともありますし、大会によっては副審や第4審判は大会参加チームの帯同でチームのコーチなどがされることもあります。
ここで難しいのは、この日一緒に組む方にいかに、どこまでの協力をお願いし任せられるか、そして自分の意図を感じてもらうためにどう動くかということが大切になってきます。

例えば、私がサッカースクールでコーチをしている中、リーグ戦の帯同審判でやることがありますが、その時はたいてい子供たちが副審に入ります。そんなときに子供たちに副審の任務を全て任せても無理なことです。子供たちには「絶対にここだけは見てほしい」というお願いを必ずします。お願いしたことに対しては子供たちの判定を信頼しそれ以外のところはいつもと違うポジション取りになろうが、自分で判定できるように見る努力をします。それがこの日子供たちと組んだチームとしての協力関係だと思っています。

このように、その日組む方によってチーム(審判)の気の配り方が大事だと思うし、4人誰かのミスであってもそれは審判団としての4人の責任だと思うので無事1試合をチームとしてやり抜く大きさを感じています。
私がこんなふうに感じるようになったのも審判の経験を重ねていくうちに得たことなので、審判団が「チームである」と考えている人は審判の資格を持った方でもそんなにいないと思います。でも一緒にやるからには、ここまでの考えはなくても1試合お互いの協力でやり遂げる大切さを感じてもらえるようになったらいいなと思っています。

今は試合の中の話をしましたが、試合以外のところでも「審判」というチームを感じることがあります。2級までは年に1度の更新のためにある体力テストでしたが、1級になってからは更新の時だけでなく、大会前に行うこともあり年に数回体力テストがあります。
そんな中で、時には体調が良くないとき、猛暑でしんどい日などがあります。そんなときは審判チームとして一緒に走る仲間が助けてくれて全員でクリアーできるようにしてくれます。

今の体力テストはインターバル走で規定のタイムでインターバルを繰り返します。もちろん助けてくれるといっても手を引っ張って走るわけではありませんが、ペースメーカーになってくれる人がいたり、ずっと声をかけ続けてくれる人がいたり、後ろから追い込みをかけてくれる人、風の強い日には前を走って風よけになってくれる人など、その日クリアーがしんどい人がいたらみんなで何とかクリアーできるように助け合うのです。

私の貧血がひどくてしんどかったときもたくさんの人がそうしてくれました。私も自分に余裕があるときは助ける方に回ったりもします。カテゴリーを決める中ではお互いがライバルになるわけですが、こうしたチームの仲間の大切さを感じて審判をしています。

皆さんには、サッカーの試合の中で3つ目のチームの存在を少し覚えておいていただけるとまた違ったサッカーも見えていただけるかと思います。
そんなこんなで私は今年もサッカーバカで頑張りたいと思います。

追伸
さすがに筆記テストはチームで協力できませんので自分でがんばります・・・汗

サッカーとハート :向上心の妨げ2010-09-22

オフサイド?

先日、ある試合を見た時の話である。

その試合でスポーツのみならず様々な実社会の場面でも見かけるある様相を見た。それを評してこの表題となった。

その試合は結果的に見れば大変荒れて試合中にも試合後に退場者が出た。試合の様子をお話しするには切りが無い。時系列を隈なく追ってもその場のニュアンスはうまく伝わらないであろう。“ある様相”の場面の話だけしよう。

それは相手ペナルティエリア20m(ゴールまで35~36m)位のところで縦パスを受けようとした選手がオフサイドオフサイドの判定を受けそうな場面のことである。縦パスは結果的にその縦へ走り込んだ選手に寸前で通らなかった。明らかにその選手は故意にボールに関わろうとしていたし副審はバタバタと音を鳴らしオフサイドシグナルを上げていた。私が見た限りではパスが放たれた瞬間にオフサイドポジションに選手がいたのは間違いなく、しかもその局面は1対1の状況でありディフェンダーにとっては少々不利な体勢で際どい瞬間だったのは間違いない。オフサイドの判定が下されてもおかしくない状況だった。しかしオフサイドにはならずゲームは流れていた。

実はこのプレーは副審がいるサイドとは逆のサイド(攻めているチームの左サイド、守っているチームにとっては右サイド)での出来事であり、主審は副審の旗(オフサイドシグナル)に気付いていなかった。どうだろう、時間にすれば4~5秒くらいだろうか・・・、しかし4~5秒はサッカーの試合ではかなり長い時間と言える。副審は旗を振り続け主審が気付くまで下ろそうとはしなかった。ところがゲームは停められることはなく流れ続け、間の悪いことにそのままボールを奪ったチームが数秒後に得点を決めてしまったのである。ゲームが流れ続けるのを見て旗を上げていた副審は5秒後にはゲームに戻り新たなオフサイドラインのキープに努め正しいポジションに付き直していた。

失点したチームは収まらない。「さっきオフサイドの旗が上がってたやんか!」「なんでオフサイドをとらへんねん(怒)」「副審、旗上げたままじっとしといてよ。(泣)」と審判団に詰め寄りこそはしないものの抗議にも泣きにも聞こえるセリフを吐いていた。

こういった場面はひょっとしたらサッカーの試合、身近にありがちな話ではないだろうか?

根本は?

この時、問題なのは

  • オフサイドシグナルが上がったことを主審が気付いていたかどうか?
  • 主審が副審の旗シグナルに気付いていた場合シグナルを降ろせとか“アドバンテージ”といった指示を副審や選手達に行ったかどうか?
  • もう一つ言えば選手たちがルールをきちんと理解していたかどうか?

が問題となる。

おそらくオフサイドポジションにいた選手にパスが渡らなかった・・・という際どい状況が場面を複雑にしているのだろうがディフェンスがカットして味方にパスを繋げることに成功すれば敢えてオフサイドは取らずゲームを流す・・・といった判定も悪くはないと思われる。しかし攻めていたチームにしてみればカットされた場面が失点にまでたどり着いてしまったのだから“オフサイドを取ってもらった方が良かった”という気持ちも解らなくもない。

まあ、状況はこんな場面だったのだが実はこの後が本題だ。ゴールネットを揺らした直後、得点を認める前に選手の抗議の声を聞いた主審は副審の所に行き確認作業を行っている。大変良いことだ。

主審:「オフサイドだった?」

と尋ね確認をしていたのだから。これははっきり聞こえた。

しかしだ、副審はおそらくこのような事を言ったのだろう・・・

副審:「オフサイドポジションに選手はいたがボールは直接には渡らずインターセプトされたから一旦は旗を上げたものの次の場面に合わせ切り替えた。」

と。

主審:「私はあえてアドバンテージを採用した。オフサイドポジションに選手がいたのは見えてたから・・・」

と返した。

しかし、私が見るに明らかに逆サイドでの出来事を見落としていたはずである。なぜなら主審はその瞬間首を全く振ることもなくボールばかり見ていた。いわゆるボールウォッチャーだ。ましてや副審の方を一度も見ることはない。だから選手にアドバンテージのシグナルもしなければ副審に旗を降ろせの合図もしなかったのだから。

しかし前述のセリフが出てくるのである・・・。

もちろん私もその人本人ではないので本当の本当の心の中はわからない。私が分かっていないだけで主審はほんの瞬間に副審を見ていたのかもしれない。オフサイドにかかりそうな選手の状況を見極めアドバンテージを採用したのかもしれない。逆サイドで「アドバンテージ!!」と声を出していたのかもしれない。しかし結果的にゲームは荒れて大変だった。試合中にもみ合うことしばしば・・・主審にも相手選手にも暴言連発、しかしイエローカードも注意も無し。正直主審の技量に少々問題があったと言わざるを得ない状況でそのようなゲームコントロールが出来ていたとは思えない。

メッキは剥がれる

サッカーに限らず自分が今以上の向上を試みるものがあったとする。

向上とは“今”より前の自分を理解・分析しそれを超える努力をすること。それ無くしては有り得ない。以前の自分を分析しようとしない者、以前の自分に正直に向き合えない者にはそもそも今の“自分を理解”するスタートラインに立てないのであるから向上はあり得ない。ミスはミスで認める心、見ていなかったなら見ていなかったと言える心、偶々の状況に乗りかかり体裁よく場面を誤魔化さない心無くして有り得ない。もしその行為を止めたり出来事に向かいあえず誤魔化したらもうそこで進歩は終わる。

ここでは副審に確認し副審の判定を尊重し状況を顧みて「アドバンテージを採用した」としなければならない。「私も見ていて知っていた・・・」というセリフは余計である。主審と副審は協力して試合をコントロールするグループだから「副審さん、良く見ていてくれました。おかげできちんとルールに乗って判定できました。」といったニュアンスの言葉でまとめなければならない。調子良く「俺も気づいていたんだけどあえて流したんや・・・」と自分を正当化するようなセリフでその場の帳尻を合わせてはいけない・・・。

体裁を繕っても繕ったそこが基準になって後にも先にも進めなくなる。メッキはやがてはがれるのである。いつも自分に正直に向かい合う心。そう言った心を持ち合わせることがサッカーに限らず人の成長を促す一番の栄養ではないだろうか?

『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』

指導者として選手に対していつもこうありたいと思う。 しかし、学生リーグ前期最終戦で退席になった私はまだまだ未熟者・・・。

サッカーとハート :コラム休業状態の真相2010-09-21

48号を出してから1年と3カ月。しばらくサッカーとハートを書くことが出来なかった。実は書きたいネタは沢山あるのだがどうもうまく構成が出来ないでいた。

それらのネタは自チームの選手や身近にある試合などから良く見つかるものだ。しかしそう言うネタを題材に書いているとどうしてもある特定チームや個人の話になりがちで、話しの流れから誰のことなのかが分かってしまうケースがある。そのネタの現場にいた者にすればハッキリと判る。ややもすればそう言ったことがチームや個人の批判・批評めいたことになってしまう。そうなったときの影響を考えるとためらいが続いた。ましてや公共での文面が“ペンの脅威”となり“ペンの暴力”さらには“パワハラ”を招くとなると大変なことである。今さら何を・・・というくらい今まで毒舌を撒き、過激な文章を書いたこともあったがここ1年は少々ペンが進まなかった。

そしてもう一つはこの1年3か月、私の周辺には様々な事柄が起こり、落ち着いた時間が割けなかったこともあった。落ち着かないが故に書こうという気が中々湧いてこなかったのも事実だ。他に優先させることが少々重なってしまったのである。
まあ、もっとも天才肌なところがあるため気分が乗らないとなかなか書けるものも書けなくて・・・。

とりあえず以下に書き出して見ると・・・

この1年3か月の間に色々な仕事が舞い込んできた。

  • 姫路獨協大学サッカー部の3年ぶり2度目の1部昇格
    2010年度4月~11月末の関西学生リーグ2部で優勝し1部自動昇格を勝ち取る。
  • 姫路獨協大学女子サッカー部設立
    強化初年度の2010年に2部から1部昇格とインカレ初出場を成し遂げる。
    同好会から強化クラブへと変貌し、2010年度入学生から強化を始めたためその準備と運営にエネルギーが必要となった。

    →そして男女のサッカー部の頑張り(競技成績と授業態度・就職率…ほぼ100%)がもたらす学内でのサッカー部の立ち位置に変化が起こりだす。大学内でサッカー部への評価が高まり他学部の教授陣と学生指導についてディスカッション・交流・連携の輪が広がり始めた。
  • 講演の依頼
    →少々忙しくなってきた・・・。
  • 同時に次年度の新人選手のスカウト活動で半年で20県以上の移動
    →おかげで有望新人入学!しかし忙しさが増した・・・。

プライベートでは

  • 2010年度、高校3年生の息子が高校最終学年を迎え全国大会に出場などプライベートにも忙しさが激増。
    そして、鹿島アントラーズへの入団が決まり、高校時代の寮の引っ越しやら挨拶回りやらで多忙を極める。

    同時に2010年度夏休み以降は協会行事においても
  • 県技術委員会の運営(各種別トレセン・指導者養成事業の視察)
  • 海外指導者研修会in UAE(2010.12月)の企画・立案・交渉・準備・手配
  • 兵庫サッカーカンファレンス(2011.1月)の企画・立案・準備
  • ウィングスタジアム指導者研修会(2011.1and3月)でのスペイン人講師招聘の企画・立案・準備・手配
    *この時は東北大震災が起きた時でスペイン人講師の帰国問題で大作業となった。

    夏休み以降は TENTEKO MAIだった・・・。
    あくまでも協会行事はボランティア。これ皆一緒。しかし自分で企画・団長として引率した海外研修会にも自費で帯同・・・。WHY?

そんなこんなしていたら

2011.2月以降は

  • 我がチームの合宿とその準備
  • 4月からの授業の準備
  • サッカー部新入メンバー受け入れの準備
  • サッカー部寮の調整・準備(メンテナンス)

といった作業も入り・・・

2011.4月以降は

  • 関西学生1部リーグの連戦に次ぐ連戦の勝負
  • 週6コマの授業
  • 学内の自然活動実習(マリンスポーツ実習)の企画・授業運営・YMCA施設との交渉、手配、準備、要綱冊子作り
  • 定期試験準備
  • 成績付け・評価資料作成
  • 性懲りもなくまたもや・・・3か月で北は秋田から南は沖縄まで13県スカウトめぐり
  • サッカー部夏合宿準備

ここまで書いたので1年3か月のブランクは許して・・・。

円熟の境地

このように毎日の日々があっという間のに過ぎてきた中で感じたことがある。如何にモチベーションを落とさずリーグ戦を戦い続けるか、情熱を持って毎日指導に当たるかにおいては相当なエネルギーが必要だということだ。

今まででもそうは思っていたしそこが勝負どころだと自分には言い聞かせてきた。しかし徐々に体感する体力の無さと“指導現場での情熱”を前面に出すための準備時間が長くなってきたということを感じざるを得なかった。物凄い熱き情熱を注いでいつも変らぬエネルギッシュな姿でグラウンドに立っている先輩を見ることがある。そう言う姿を見せていられる人は本当に凄いなと感じる。その様な姿をグラウンドで出すことが今後の自分に出来るのだろうか?私に課せられた今後の課題ではないかと思ったのだ。

ただ、こうも考える。これが自然のサイクルではないかと。若い時のように行かなくなった自分と向き合うことが新たな自分なりの指導方法の変化に繋がっていくのではないか。しかしこのタイミングでの努力の出来・不出来が俗に言う『円熟の境地』を迎えるレディネスではないかとも思う。雨の日の試合のトレーニングは雨の日にしかできないのと同じで、忙しさや体力が落ちてきた、所謂それ相当の年齢になってきたときのエネルギーの充填・発揮能力はその忙しさや年齢にならないとトレーニングできないのだ。いまが私の課題発見・新たな壁の乗り越え?なのかもしれない。来たる円熟期に向かって・・・(笑)

今これを見てくれている若い指導者の皆さんも私が書いた文章の意味がやがて解る時が来るはず。しかし一方で私より先輩は「50半ばになればまた来るよ!」という。ここからが勝負なのだ、世間に嫌われず必要とされる人種になるには。

いったいこの先何がくるのだろう?

まあ、忙しいということは幸せなことである。必要とされることが幸せなのだ。

サッカーとハート :サッカーの要素2010-06-26

サッカーの重要要素とは何か?よく3大要素とか言われ「技術・戦術・体力」が大切だといわれる。ある人は精神力を入れて4つともいう。中には「精神力・技術・戦術・・・」とあえて最初に精神力を持ってくることを強調する人もいる。私は順序はともかくとして必要要素は精神力を少し具体化して『技術・戦術・体力・繰り返し力・大人力』と言いたい。

大人にする

試合が始まれば監督の力など微々たるものだ。試合までのトレーニングや日々の選手とのやり取りの中で試合に向けての準備をしなければならない。試合前のトレーニングで作戦を落とし込み大切なことを感じ取らせるのかが試合を左右する。大事な試合になればなるほどそのウェイトは増す。しかし試合までの時間は限られ、トレーニングを重ねても短時間で激上達する訳でもない。“上達”とは“徐々”に成長する代物だから。

限られた中でいかに効率よく効果を上げるかは何もスポーツに限ったものではない。どんな集団にも共通した課題だ。ではどうやって効果を上げるのかというと日々のトレーニング内容・メニューも大事な要素なのだがどれだけ選手を大人に成長させられるかだ。年齢ではない。いわゆる大人にすることだ。

選手の能力を測る

大人とは何なのかと言われれば簡単にいえば信頼できるものがあるかどうかだ。試合になれば監督は様々なシュミレートをして試合の流れや勝利までの道筋を建てる。そのストーリーによって必要な選手をチョイスする。
サイド突破にウェイトを置くか? 
中央突破にウェイトを置くか? 
守備では相手の選手を抑えるためにどういった質の選手を起用するか? 
監督とは試合前までが勝負だ。要するに試合に対する作戦を選手に託して送り出す訳だ。と言うことは選手が作戦を遂行することや実践することは勝利に必要不可欠な要素となる。言いかえれば選手の実践力が試合を左右することにもなる。

18歳以上の学生を指導して感じることが大人になった選手と大人になりきれない選手の違いである。監督は選手に作戦を託す際、100%とは言わないが高確率で実践してくれるだろうと言う選手への計算のもと試合のストーリーを建てている訳だからその根底には選手がどのくらい作戦を実践できるかという“選手の能力を測る”ことが試合前1週間の監督としての仕事になる。もちろん技術・戦術向上のために手を変え品を変えでトレーニングメニューを施すが一方で選手への評価が多くの仕事になる。

信頼の見積もり

私のチームの選手はボールを止めて蹴ることができる。相手プレッシャーの度合いによりミスが比例はする。これは世のサッカー選手誰しも同じ。余裕が少ないほどミスは多くなり余裕が多いほどミスは少なくなる。そのプレッシャーによるミスの量を計算しつつも本番では如何に守り、如何に攻めに出ていけるかをシュミレートする。結局「あの選手なら○○をやってくれるだろう」、「△▽までならこなせるだろう」と監督は見積もりをする。この見積もりは言い換えれば選手への信頼度だ。見積もりが甘ければ敗戦が濃くなる。それは監督の見積もりの甘さだ。だから確実に見積もれるように確実性を高める指導が必要となる。

確実に仕事をこなしてくれる選手は押し並べて皆、落ち着きがあり思慮深く、周囲に敏感になる。周囲に気を使えるようになり私と会話していても大人同士の会話になる。もうそこには子供の面影はない。そういう変化を大学と言うカテゴリーでは感じ取ることができる。ひょっとしたら高校生年代でも1・2年生と3年生の変化には共通したものがあるかもしれない。もしかしたら中学1・2年と3年生にも大なり小なり“大人”への変化があるだろう。指導をしている人には感じていただけるように思う。

やり通す強さ、継続する強さ、繰り返す強さ

サッカーの指導はサッカーの戦術を基本から学ばせ、その戦術を実践できる技術を身につけさせなければならない。同時に必要になってくるものがサッカーを「好き」にさせることから徐々に「うまくなりたい」と言う思いに変え、引いては「強くなりたい」「勝ちたい」「選ばれたい」「代表になりたい」とグレードを上げさせていくメンタリティ向上が指導の大きなポイントとなっていくはずだ。もっとも年齢に応じて目標設定は変化させることが大切だ。ところが目標とは言うことは簡単だが実践することが難しい。指導者はそこに悩む。

だから私はトレーニング現場の2時間で様々なメニューを施すが、最近はコーチに練習を任せたりする。選手が飽きるからだ。そしてもっと大切にしていることはグラウンド上でのメニューの質より如何に大人に変えていくかの“作業”の方だ。これはグラウンド以外のことやクラブ内のルールやマナー、平たく言えば躾の部分だったりする。そしてもっと大事にしていることがトレーニングの一つ一つのメニューにおいてもクラブのルールについてもやり通す強さ、継続する強さ、繰り返す強さの要求である。1回やって終わらない、何回もやり通す・やり続ける、相手より一瞬早く動き出す・そしてまた繰り返す・・・そういった要求がサッカーの質を上げることであり、結果、質が上がれば試合にも勝てる。

また、やり通す強さ、継続する強さ、繰り返す強さを要求することがなぜサッカーに必要なのかを理解した時に選手は大人になっていくと感じる。大人になっていくと要求をこなせるようになる。要求をこなせるようになると・・・つまり信頼を勝ち取ると・・・つまり見積もりが確定すると・・・選手は上達し大人になる。これは選手上達には切っても切れない重要な要素であり選手測定ポイントでもある。つまり正確な見積もりをするための重要な資料となる。見積もりが上がれば要求できる戦術も比例していく。だから選手の重要要素には入れておく大切なことと私はとらえている。

大卒

もともと質の高い選手を取ってくれば最初から高い見積もりができるというわけだ。しかし指導の面白さは努力をした結果、高度な見積もりができ予想以上の売り上げをしたとき喜びは激増する。これは一般会社も同じか・・・?結局腕が問われるということだ。選手を集めて勝つのも楽しいが選手を育てて勝つのはもっと楽しい。なぜなら指導者だから。

ましてや卒業後に社会に出ていく世代である。繰り返す・継続する・・・から派生する・・・打たれ強い、世間の空気を読める、必要条件を理解する、選手が自分の見積もりをする・・・こういった能力がサッカーにも社会にも必要であるなら養わない手はない。

まとちかサッカー日記 :女性アスリートの皆さんへ2010-06-10

皆様、明けましておめでとうございます。  とあいさつしたかったのですが、気がつけばもう4月間近・・・。月日の早さを常々感じています。
今年はなんといっても「ワールドカップイヤー」ということで大きな楽しみもあります。南アフリカというとても遠い場所での開催で、現地まで応援に行く人は少ないだろうし、強豪国の揃うブロックで日本はとても厳しい試合になると思いますが、1試合でも多く感動を与える試合を戦ってほしいと思います。

さて、今回は超久々の日記の更新ということで長丁場になりますが、最後まで読んでいただけたらと思います。

昨年の終わりに、私がボランティアでコーチをしている神戸FCで「栄養学」の話を聞く機会があり、その中でもレディース(女子チーム)向けの話にはとても関心があったので自ら参加させていただきました。その話を聞いて私からも女性アスリートの方に何か少しでもお伝えできれば・・・と思って今回の日記に書きました。

栄養学ということで最初は朝食の大切であったり、大便でわかる健康状態であったりという話でアスリートだけに関わらず大切な日々の生活習慣を教えていただきました。

元々自分の健康状態には、超がつくほど鈍感で今までに病気や怪我で入院するという経験もない健康児に産んでもらった両親に感謝ですが、やはり年齢というものは嘘がつけず仕事の疲れがとれなくなったり、昔みたいにむちゃできないことに最近感じるようになっただけに今回の話は自分自身すごく興味を持てました。

日々の食事や健康についての話の次は、試合や練習の前、途中、後にとるべき食べ物やドリンクのことを教えていただき、どうして必要かというところまでお話しいただいたのでとても勉強になりました。

果たしてこの私に実際実行できるかどうかは、???がつきますが、何か作るとき、買うときに意識があるかどうかで少しづつでも違ってくると思います。

そして最後は女性アスリートへのお話で、月経の大切や将来の出産のときのために今の健康状態の大切さを教えていただきました。
正直、私の今の年齢からではすでに遅く、中高生のころに気をつけておかないといけなかったことが多く「今はサッカーができればいい」と考えていても、将来子供を産むときに大変な思いをしているスポーツ選手がたくさんいると聞いてショックを受けました。

大きな病気、怪我をしたことがなかった私がどうしてこんなに関心を持ったかというと、将来できれば子供を作りたいということもありますが、人より月経の周期が短かったことに対して何も思わず、何もしてこなかったことと、2年前に審判活動を少しの間休まなければいけないことになった「貧血」というものをずっと抱えていたからです。 

幼いころの食べ物の好き嫌いが多かったのが原因なのか、または元々の体質なのかいまだにわかりませんが、極度にひどくなったのが中学の頃で、よく朝礼などで気分が悪くなったりしていたのですが、その時は「軽い貧血」と何も考えていませんでした。それから当時陸上部に所属していた私は、朝レンの40mダッシュたった1本走っただけで気分が悪くて立ち上がれなくなったり、さらに人の多い三宮での買い物ができなかったり、最後には10分ほどの登下校道も休憩しながらでないと歩けない状態になっていました。初めは「体力がないだけ」としか思われなかったし、私自身もそう思っていましたが、最後の状態のときでは病院で検査の結果、血液中の「ヘモグロビン」というものが人の4分の1ほどしかなくすぐにドクターストップがかかってしまいました。

部活では見学さえも許されず、半年ほどその足りない成分を増やす薬を飲んでいました。
数か月過ぎ、ようやく人並みの数値に戻ってきたので部活に復帰すると、今まで大の苦手だった長距離が楽に走れるようになりました。

ヘモグロビンとは血液中の酸素を体中に送る働きをするらしくそれが足りなかったということは、うまく体に酸素を送り込むことができず呼吸困難(酸素不足)になっていたということです。
それからは何故そうなっているかいろいろ検査をして原因を調べたのですが、何もわからず、薬を止めるとまた数値が下がったりと繰り返しでした。

自分でも面白いぐらいびっくりした経験が高校1年生の冬
夏ごろに数値が良くなりまた一度薬を飲むのをやめてみようとなっていて、その冬にはずいぶん数値が低くなっていたのでしょう。学校の3学期にマラソン大会があり、体育の授業ではマラソン大会に向けて走ることばかりだったのですが、この授業が始まったころは、クラスの運動の苦手な子よりも遅く一番最後を走っていた私ですが、途中から薬をまた飲み始めるとマラソン大会直前の体育の授業ではクラスのトップを走ることができたのです。
「これだけちがうのか」と目に見えた瞬間でした。

サッカーのプレーヤーを引退してからは、薬を飲むことはなくなりそれでもそれほどしんどさを感じることはなくなったので「大人になって治ったんだ」と思っていた私ですが、女子1級のテストを受けた年、体力テストは2回ともクリアはしたものの本当にギリギリで、走っている途中も何度も「走るのを辞めたい」と思ったぐらい苦しかったのですが、その時もまだ「貧血」ということを忘れていて、またただの「トレーニング不足」としか思っていなかったのです。無事1級のテストにクリアできたのはよかったのですが、そのあとたまたま会社の健康診断があり、その結果すぐに病院に行くように指導を受けました。

そこで昔のように「貧血状態」になっていることがわかり、1級テストでの体力テストが異常に苦しかった理由がわかりました。が、そのあと行われた女子1級の研修での体力テストにはクリアできず約半年間審判活動ができないようになりました。

成人してから薬を飲まなくても大丈夫だったのは、プレーヤーとして引退し指導者や審判はしていたものの毎日練習などで走り回っていた現役時ときほどハードなことはしていなかったので貧血もひどくならなかっただけで、ここ数年、審判として上を目指すようになった私は定期的に運動をするようになり今回の貧血につながったと思いました。

そして今回やっと自分自身がこういう体質で、長くスポーツに関わるために自覚が必要だとあらためて感じました。

今回こんなに長々といろんなお話をさせていただきましたが、皆さんにお話ししたかったのは、女性だけではありませんが自分の体のことをよく知りそれと向き合って自分の体を大事にしていくこと、スポーツ選手としてだけの体つくりだけでなく、女性として将来、スポーツをしてきたことに後悔する日が来ないための体づくりを知るきっかけになってくれればいいなと思っています。

自分の人生がいつ思い返してもよかったと思えるように日々に何気なくとる食事、健康を意識していただけたらと思います。