サッカーとハート :環境整備がサッカーの隆盛2002-12-15

我が振り直す

 
12月8日は地域C級指導員の、14日には少年少女指導員の養成講習会にそれぞれしあわせの村と龍野・誉田小学校におじゃました。私もここ数年、力不足でありながら講習会の講師をする機会が多くなってきたのだがそのたびにサッカーの隆盛に驚き、指導者の熱意に頭が下がる思いがする。

私が大学を出て指導者の資格を取ったのが1986年11月(認定されたのが87年1月)、当時で言う“リーダ”といわれる資格だった。大学を出てすぐのことであり、まだ少年サッカーだとか指導者とはだとかをよく理解できていないころだったと思う。・・・今でも理解していないかもしれないが・・・。今回講習会におじゃましたとき自分の頃を思い出し「皆さんの役に立てれば良いが・・・」と思いながら講習をこなしてきたが役に立っているのかなあ・・・?

こうやって指導者になりたい、勉強したいと言う方がどんどん増えていく一方で生涯現役と言わんばかりに実際にプレーを楽しんでいる人たちもいる。まさにサッカーの隆盛でありサッカーに携わってきたことの喜びを感じる昨今である(なぜ昨今喜びを感じるのかは後を参照)。

指導者の資格がすべてではないがこうやって勉強をする場面、人の話を講習と言う形で聞く機会と言うのは大人になるとそうあるものではない。ややもすれば逆に偉そうにしゃべる機会のほうが増え、偉くも無いのに偉くなったと勘違いして調子に乗ってしまうことのほうが多いかもしれない。私にとって今回が我が振り直すいい機会になったことを受講者の皆さんに感謝、感謝・・・。

キャプテンズミッション

さて、生涯現役について。前回も書いたが生涯現役といえばママさんサッカーもそうである。

いつまでも若い者と一緒には走れない、しかしサッカーはずっとしたい。男性が今、シニアリーグを作って盛んに生涯現役の環境を整備している。であるなら女性にも年齢別、レベル別でサッカーをプレーしていける環境を作っていく必要性があるのではないだろうか。しかし、現実的にプレーヤーの絶対数がまだまだ少ないのが女子サッカー、ママさんである。今の現状でママさんの環境を幾つかに分けて何かをするというのは難しいと言わざるを得ない。

2002年10月9日、川渕キャプテン(JFA会長)がキャプテンズミッション(日本サッカーのより一層の環境充実と競技普及を目的に立案された今後JFAが取り組むべき重点施策)を発表したのだが、その中にママさんサッカーの活性化が謳われている。

ママさんがサッカーを好きでいる、ママさんが小さい頃からサッカーをしていた・プレーしていた、とい環境があるとするならそのママさんの子供はサッカーを好きになり、サッカーの隆盛は続くであろうと考え、すでに数々の先輩指導者達が環境整備をしてこられている。現に今回のアジュール兵庫のメンバーは高倉SC・高倉中学のOGや神戸FCのOGが沢山いる。田崎真珠・神戸FC レディーズ(現田崎ペルーレ)のLリーグOGまでもいるのである。そう考えると神戸はキャプテンズミッションの素地があると言える。であるなら今後は育成環境の整備のみならず女性のサッカーにも男性のシニアリーグのような長くプレーをしていける環境を整備していく必要があるのではないか。30・40代リーグと50代以上リーグと言った(単に年齢で分けるのはおかしいこともあるが・・・)リーグを。となると我々の世代が先輩に続けと言わんばかりに環境整備へのエネルギーを出していかなければならない。そう思うと少女サッカー、中学年代の女子サッカーの指導者達の大変さを改めて感じることになる。私は女子の選抜、単独団を指導しているわけではないが協会の立場としてお手伝いできればと思う・・・。

なぜ私がこうやって協会のお手伝いをするか・・・人が人を動かす

簡単に言えば人に考えさせられ人に救われたと言うこと。

昨年の暮れ、ヴィセル神戸との契約更改の日、球団のチーム統括部長の西真田氏に来季は必要の無い指導者だと言われた。そして、ヴィッセル神戸を契約満了の翌年1月31日を持って退団することになった。当時少なからず自分のほうからも考えていることもあった。確かにJリーグの世界はサッカー界の中でもいうなればメジャーな世界であり、日の目が当たる世界であることは間違いない。その世界にいたほうが情報も早いし一般の指導者が経験できない世界のことが経験できることも事実である。しかし、プロコーチという契約の世界であるはずなのに契約の評価システムがもし確立していなかったとしたら契約システムにしている意味がない上にリスクが大きすぎる。また練習や試合を見に来たことの無い者が指導者個々の指導力を評価し、給料だの来季に必要だのを査定したとしたらどうだろう。そしてプロを育てる環境はそうそう簡単に作れるものではないことは皆知っている。しかしプロを育てる環境を作ろうとする“意思・意欲”が有るのと無いのとでは大違い。環境を作る気が無い人間がいたとしたら寂しい限りではないか。結局、私がしてきた地元協会と良い関係を作る、地元指導者と良い関係を築くと言う作業も評価されていなかったのである。であるからしてまあ言うなればよっぽど私という人間は仕事の出来ないひどい人間だという評価なのだろう。だから私も大して文句も言わず「わかりました」と・・・。

その後、幾つかのチームと交渉をしていった。ヴィッセルをやめたとはいえJリーグと言う世界に対して魅力が無かった訳ではない。が契約の世界でありながら評価システムが確立されていない世界に飛び込むのであるのなら同じことの繰り返しではないか?それよりもそういった経験を糧に色々な環境整備に力を入れていって子供達にサッカー環境、選択肢を与えてはやれないか?また自分自身の存在価値は何なのか?本当に必要とされているのか?でも家族を食わせていかなければならない?家族がこのまま路頭に迷うのか?自分が本当にしたいことは何なのか?3ヶ月自問自答をし、悩み、考えた。この3ヶ月は家族にとっても大変な3ヶ月であったに違いない。なにせお父さんは朝からずっと家にいるのだから・・・子供達も変だと持っていたに違いない。

そして、ついには純粋に指導をしていきたい、選手(子供)の一つ一つの反応を感じながら指導をしたいという気持ちにたどり着いた。ヴィッセルにいたときは自分らしさを忘れていたのではないか。自分はプロを育てることも好きだが実は人を育てる事をしたかったのではないか?と。そしてヴィッセルを退団するときに沢山の人に心配をしてもらい、心救われた。そして協会関係の方々にも様々な反応をいただき救われた。その時の恩を何かしらの形でお返しできたらと思うようになった。

自分も指導をすることができるうえに様々な環境の整備をするお手伝いが出来る、それでいて恩返しも出来るところは無いだろうかと考えた。するとまた人に救われた。今現在こうして地元に残り、サッカーに携わることが出来るのも周りの人たちのおかげである。貴重な(指導、組織)体験をさせてもらったのもヴィッセルのおかげである。そしてそれらすべてが今現在、私にこのような行動をさせているのである。

今現在の職場は大学の教員と言う立場で、あくまでも本業は教員であり学生の指導、教育と言うことになる。しかし、幸いにも姫路獨協大学は地域に還元、地域に貢献をすることを奨励している。本業をおろそかにすることなく協会の仕事も出来れば言うこと無い。まあ焦らず一歩一歩進んでいこうと思う今日この頃だ。

それぞれの立場で・・・

ちょっと毒舌吐いたがもう時効でしょう。プロ球団だから今年は昨年と違い修正してあるでしょう。

当時、一緒に育成の仕事をした若いコーチ達にこの前久しぶりに会った。彼らに対して今回は失礼な文章だったかな?しかし、本気でこの世界で生きていこうと思えば自分の財産、売りを作っておかないと。自信となるものが無いと何処に出て行くにもステップアップできない。これはヴィッセルでも、大学でも、サラリーマン、営業職、専門職問わず皆同じ。

しかし心配すること無いみたいで、1年弱ぶりに彼らの指導をしているところ見た。指導者として映った彼らの姿はとても頼もしくみえた。(自分が必要なかった理由がわかったゾ~)ヴィッセルに無くてはならない存在になったようだ。頑張れ。(ちょっと偉そうな言い方だったかな?)

協会、一般市民としてずっと応援しているよ。