サッカーとハート

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no.32
2005.9.22 thu
by c.shoji


◇ 血液型で物事をくくる人にアドバイス ◇

◇ 数ある血液型 ◇

 皆さんは血液型による性格判断を信じるだろうか?

 ある夏休みの日、息子が久しぶりに我が家へ帰ってきたものだから家族皆でお出かけをした。途中、某ハンバーガーショップで腹ごしらえ。私は体調が思わしくないのか口内炎が出来ていたため口が大きく開かず食事も一苦労。したがって欲しかった大きなハンバーガーをやめノーマルのハンバーガーをチョイス。しかし家人は自分の食べたいものを当然のごとくオーダー。

 商品が手元に来て皆で食べはじめる。すると家人が「えらくノーマル(のハンバーガー)だね、いつもと違うやん?」と。すかさず私は“俺の目の前で好きなものを堂々と食べてやがって・・・”というわけではないが「口内炎で痛いから食べやすいサイズのものを頼んだんや!」と。みなさんもご存知だろうがハンバーガーはもともとかなり肉厚なもので、大きく口を開けずには食べられない。しかしながら種類によっては手で小分けにして食べられる。「ほんまは○○バーガーが食べたかってんけど口をあけられへんやろ。だから今日はノーマルのにしてん」と少しばかり解説。すると家人は「私やったら口がいくら痛くても食べたいものがあったらそっちを選ぶわ。あんたはそう言うとき(”これを食べたい“という思いと“痛い”という思いを測って自分の思いを)我慢できるんやね、さすがAB型や」と。

 うちの家人は何かと言うとすぐ“AB型やもんな”と言う言葉で解決策を見い出す。AB型ってなんかあかんの?いつも何かにつけAB型でくくられる。AB型は二重人格だとか優柔不断だとか・・・なんかいい印象がない。しかしだ、私はずいぶんAB型が気に入ってる。指導者をしていると特にそう思う。もちろんAやB、Oが良くないとかそんな意味ではない。どちらかといえばAB型のネガティブなところを言い訳しようとしているのかもしれないが・・・。

◇ バランス感覚 ◇

 【二重人格】という表現が引き起こす“印象”と言うものが人それぞれで良くも悪くもなるだろうがここで言う二重人格と言うものが【二つの側面を持っている】ということとするなら、これが指導の現場には役立つのである。

 私は今年で指導を始めてから20年が経つ。この間、指導の現場で選手にアドバイスしたり檄を飛ばしたり怒ったりするときにいつも頭の上から第3者的に私を客観視して診ている自分がある。「そのセリフは良くないぞ!」とか「もう少し具体的に言わないと理解できないぞ!」とか「そりゃ言い過ぎやろ」とかアドバイスしてくれる自分がいるのである。この感覚がお分かりいただけるかわからないが、いわゆる『冷静に物事を客観視できる』のである。こういった力は物事のバランス感覚に繋がるような気がしている。

 たとえば会議の席上、チーム内でのミーティング、組織の長として決断を下す時、などその状況下において携わっている人々の思いや考えを考慮して“譲れるものと譲れないもの”、また“優先させるものと後からでもリカバーが利くもの”の判断を的確に行い決断をする。そういったときにバランス感覚が問われると思う。

 物の本で読んだのだが世の色々な世界において、リーダーに備わっていないといけないもの・・・それは《バランス感覚》だと。私がバランス感覚に秀でているという意味ではないが我々はまずその《バランス感覚》というものが何なのかを知る必要がある。知らなければ使いようが無いからである。そしてそのバランスを判断すべく能力が少しでも備わっているのであるのならありがたいと思っているのである。

◇ 熱しやすいがその分倍さめるのも早い ◇

 二重人格という表現が使われた背景には二面性、特に相反する性質が見られることから来たのだと思うが指導にはまたこれが大切な要素である。熱しやすくもありさめやすくもある(こう書くと本当にややこしそうな人間に思えてくる・・・から怖い)という性質・・・。つまり試合という精神的にも極度の状態になるようなときには興奮もすれば周りが判らなくなることが数多くある。そう言うときにこそこの相反する性質が90分と言う時間の中に見られる様々なドラマを予測もし、解決もし、結末をもぬぐってくれるのである。

 興奮したままで戦況を見ていると先読みが出来なくなる。冷静に選手と言う“持ち駒”をどう組み合わせるかを考えられなくなる。相手の良さを消しながら自軍の良さを押し出し、そして勝利に結び付ける。そういった重要な仕事を遂行するのにその方策を見失うことになるのである。一方で手を尽くしたが残念ながら敗れてしまったとき・・・次、自分たちは何をしなければならないかを即座に考えられる。なぜ敗れたか、どこが原因か、どうすれば改善できるか、それゆえ今何をしなければならないか・・・といったことが次々と沸いて出てくる。もちろん敗れたことに対して悔しさや歯がゆさも湧き出る。熱しやすくもあるのだから・・・。しかし何せ速い、切り替わるのが・・・。だからAB型の印象が良くないのか・・・?

◇ 飽き性 ◇

 それゆえに家人からよく言われる。飽き性なのだと。「あなたには趣味って言うものが無いね」とも。そう、学生時代から付き合っている家人に言わせれば、学生時代の趣味のサッカーが“仕事”として変わってしまったのだからへんな感覚なのだ。だからといって私も趣味を作らないわけではない。しかし何をやっても続かない。今まで“木彫り”や“釣り” “登山” “キャンプ”など道具まで揃えトライしてみたが・・・サッカーだけなのである、続いているものが。趣味といえるほどになっているのかそうでないのかは別として・・・。

 そもそも趣味と言うものは自然体でいい。となるとあえて言うなら“映画鑑賞”か・・・。月に5本は観ているのだから趣味といってもいいかもしれない。ジャンルは何でも見る。今まで見た中ではスティーブ・マックウィーン主演の『大脱走』『パピヨン』、ジュリー・アンドリュースの『サウンド・オブ・ミュージック』、ラッセル・クロウの『グラデュエーター』、トム・ハンクスの『キャスト・アウェー』『グリーンマイル』が印象に残っている。中でも『グラデュエーター』を観た時は、自分の前世はローマ時代の戦士ではないかと鳥肌が立った。また『キャスト・アウェー』では、もし自分がそうなったら・・・と切実な思いに駆られ今の生活の喜びをかみしめたものだった。最近は『ハリーポッター』『ロード・オブ・ザ・リング』『戦国自衛隊』『アイロボット』『アイランド』『容疑者室井慎次』も観た。Videoを入れたらジャッキー・チェン・シリーズやディズニーなどのアニメまで何でも観る。まあ、観たからといって何もすごいというわけではない。映画の何がいいかといえば【現実逃避】出来るところだ。「今が嫌か?」というわけではない。自分の日常から思えば絶対ありえない主人公の役柄に自分をダブらせ「自分だったらどうする?」「この場面をどう打開する?」とワクワクしているのである。それが楽しいだけなのである。これは趣味なのか・・・。しかしこの感性は指導に役立つような気もする。

 こういった飽き性的な部分もAB型ならではなのか?だからAB型は二重人格だといわれ人が嫌悪感を出すのだろう。なんせコラムも気がむかないと書かないのだから・・・。来月はA型になろう。A型って・・・。


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